Monday, October 30, 2006

久生十蘭

今日の日経のコラム「春秋」で題材になっていた久生十蘭という函館出身の小説家。同郷でありながら全く知らずに齢を重ねていた。早速、Googleで検索すると、松岡正剛の千夜千冊のなかにも「魔都」 という長編小説の紹介があった。満州事変から3年目の東京の大晦日、新年という限られた時間、空間での推理小説らしい。11月中旬の遅い夏休みに雪の積も る温泉宿に投宿するが、学会の準備に必要な本を読了したときの予備として携えてゆくのに、Amazonに注文しておく。

Thursday, October 26, 2006

ヒステリックな医師たち

地方の診療所に勤務する一人医師である。語らう医者もなく、夜遅くの仕事の合間に医師関係の掲示板を覗いて元気付けられて いる。しかし、最近、その良き相談相手の論調がヒステリックに感じることがある。明らかに「大野病院事件」以後だ。日本医療史の911といってもいいだろ う。世間は地雷を踏んだのだ。出典は、忘れたが、非常に心に落ちた言葉でメモしてあったものを引用する。

医師は誰でも心の奥に秘められたささやかな墓地をもっている。苦悶のあまりそこに彼は、時折線香をあげにいく。そこで彼は失敗や不成功の償いを祈るのである。

医 師であれば、自分の受け持ち患者が不幸な転帰を辿れば、明らかな間違いがなくとも、自分を責めるものである。もっといいケアが出来なかったか?違う治療を 選べば、違った転帰になったのではないか?しかし、そのような悲しみ、後悔、罪悪感、反省、悔悟...のないまぜになった泥沼のような感情のなかを前進す るわけである。そうでなくては、とてもでないが臨床医は務まらない。そんな微妙な臨床医の感情を前の文章は「墓場」と比喩した。おそらく、医者の傍で働い ている看護師でも理解できないのだから、普通の方は、よっぽど特殊な仕事をしてなければ、理解し得ない感情だろう。最近は、臨床医といいながら、そのよう な感情を理解しない医者も多く、マスコミに担ぎ出され、その「墓場」を荒らしているわけだから、私はヒステリーに共感する。
 ただ、これが政府の 医療費削減を実現するためのマスコミ操作だとすれば、医師と患者さんたち、医者どうしの溝を深めて一番得をするのは、日本を実質支配する官僚たちとこれか ら医療ビジネスを食い物にするであろう人たちで、割を食うのは、一部のお金持ちを除いたロングテールの一般市民なのである。医者は、良心を売れば、生き延 びれるだろう...本当にヒステリーを起こさなきゃならないのは、医者ではなく、患者さんたちなのではないか?

Monday, October 23, 2006

ジャンケン

世界ジャンケン協会なんてのがあるんですね...アングロサクソンは、考えることがよく分からん。Rを使えば、一瞬で、ジャック&ベティの10000回勝負なんてことが出来てしまいます。

> run<-10000
> signal<-c("Rock","Paper","Scissors")
> Jack<-sample(signal,run,rep=T)
> Betty<-sample(signal,run,rep=T)
> T<-table(Jack,Betty)
> win<-T[1,3]+T[2,1]+T[3,2]
> loss<-T[1,2]+T[2,3]+T[3,1]
> draw<-sum(diag(T))
> (result<-c(win,loss,draw))
[1] 3327 3342 3331

ってことで、ベティの勝ちです。

 中国語では、日本語と同じ「グー、チョキ、パー」(“石头、剪子、布”)の順番で呼びますが、欧米では、「グー、パー、チョキ」の順、韓国では、「チョキ、グー、パー」(”가위 바위 보”)の順で呼ばれるようです。

Friday, October 6, 2006

多死化

アメリカの死亡統計にならって、厚生労働省の統計をもとに同じような死因別死亡率の推移のグラフを作ってみよう。下のスクリプトをRweb-jpにコピーして実行してみてください。

mydata<-matrix(c(235.2,241.7,245.4,253.9,116.8,121.0,126.5,126.5,105.5,103.4,104.7,102.3,69.2,69.4,75.3,75.72,31.4,30.7,30.7,30.3,24.1,23.8,25.5,24.0),4) d.names.r <- c("2001","2002","2003","2004") barplot(mydata,beside=T, names=c("悪性新生物","心疾患","脳血管疾患","肺炎","不慮の事故","自殺"),col=c("#211C21", "#0061AD","#ADBADE","#FFFFFF"),xlab="死因",ylab="人口十万対死亡率",legend.text= d.names.r)


アメリカでは各死因別の死亡率が減少しているのに、日本では上昇している。これは高齢化がなせる業なのだが、全国的に死亡にあたっては主治医が看 取るというところが多いと思われる。これが、医療現場の多忙感の原因の一つとなっていると考えるのだが、如何か。「少子化」同様、「多死化」ももっと議論 されても言いと思う。論点は、医療側に立つと、主治医の拘束、スタッフの燃え尽き、原因不明の死亡においては公的な調査機関でという声も聞かれるが、イン フラの剖検医の絶対的な不足、患者側に立つと臨死期のノーマライゼーション、死に場所の選択、家族関係の問題(家に帰りたくても、迷惑を掛けたくないとい うことで病院死を選ぶ方も多い。)、職場の理解…少子化以上に現実の問題なのに、放置されている。

Thursday, October 5, 2006

一生十冊

これまでの人生に影響を与えた本を十冊挙げろと言われて、やっぱり実用本、ビジネス本、医学書などは、ちょっと恥しいかなとか考えて、古典とか純文学を挙げてしまう俺は、見栄っ張りなんだろうな...



  1. 「夜と霧」 聖書が、滅びても残しておくべき一冊でしょう。同様な歴史が無数に繰り返されているはずなのに、ここまで悲惨と希望を記録した本はないのではないでしょうか。


  2. 「ドン・キホーテ」 一言で言えば、寛容の書。聖書のパロディとして読めます。読むたびに新しい発見のあるWebを書籍化したような饒舌な世界。


  3. 「蜘蛛女のキス」 チェやピアソラを産んだアルゼンチンの小説家プイグ著。著者が意識してかは知らないけれど、勝手にドン・キホーテのパロディだろうと思ってる。映画と原作とともに感動した唯一の作品である。プイグ自身が映画制作を夢見ていて、小説自体が映画の構成に合っていたからなのかね。何故に映画はDVD化されないのかな?


  4. 「デミアン」 デミアン的な人間になることに憧れていた。ヘッセってカルトっぽい部分があるから、意外と自分にはカルト親和的な部分があるのかもね。


  5. 「孫子」 流行のシステム思考を簡潔にまとめた一冊。考えに行き詰ったとき繰り返し読んでます。直接答えはくれないが、考えるヒントをくれる本です。


  6. 「ジャン・クリストフ」 繰り返し読もうとは思わないが、大学入試の面接で、今までで最も感動した本に挙げた記憶がある。理由を問われて、「国境を越えた情熱とヒューマニズムがなんたら」と答えたような気がするが、青かった自分の思い出とEUとして現実が追いついてきている希望と9・11以降のやりきれなさといろいろな思いを込めて選んだ。


  7. 「地獄の季節」 1982年のサントリーのコマーシャル「その詩人は底知れぬ渇きを抱えて放浪を繰り返した。限りない無邪気さから生まれた詩。世界中の詩人達が青ざめたその頃、彼は砂漠の商人。詩なんかよりうまい酒をなどとおっしゃる。永遠の詩人ランボオ。あんな男、ちょっといない。」というナレーションで、砂漠を放浪するサーカスの映像...強烈でしたね。


  8. 「現代の英雄」 正直、内容は忘れたけど、一時期かじったロシア語の朗読が印象的。個人的な好みで言えば、ロシア語の音の響きが世界中の言葉で一番美しいと思っているから、ロシアの本を一冊は入れておきたかっただけ。


  9. 「李賀詩選」 中国のランボーといってもいいのかもね。李白、杜甫も悪くはないが、多感な高校の時期に出会ってれば、俺の人生変わっていたかも。


  10. 「和漢朗詠集」 中国と日本の文化にこのような蜜月があったのだという資料として面白い。何故にITが進歩したこの時代に却って意思疎通がしずらいのか?コミュニケーションとディスコミュニケーションというのは、情報伝達過程の正と負の交流に例えられるのかな。

Tuesday, October 3, 2006

徒然草

理由あって、高校時代以来はじめて「徒然草」を読んでいる。当然、古文なんか忘れてしまっているので、佐藤春夫が現代語訳したものなのだが、今日偶然、寺田寅彦も「徒然草の鑑賞」 なる文章を残しているのを発見し、嬉しくなった。古典というのは、時代を超えて通用するものなのだなと感動したり、人間がいかに進歩していないか落胆した りである。現代に流行るブログの先駆けともいえる兼好の秀作は、ニヒリズムとボヘミアニズムが通底に流れていながら、まなざしが暖かい。タイムマシンが、 出来たら一緒に飲みたいうちの一人である。

Monday, October 2, 2006

Neurolinguistic Programming

NLPというのは聞いたことがあったが、胡散臭いセミナーくらいの認識しかなかった。休日に日経文庫の「五感で磨くコミュニケーション」 という本を読み、そのなかに簡単なNLPの紹介があり、ちょっと認識が変わりました。ちょうどソシュール言語学のシニフィアン、シニフィエの対応が、知覚 (Neuro)と意味(Language)の間で生じているという考えは、個人的にはしっくり来る考えです。早速、PubMedで検索してみました。全文 参照できる文献を列記しておきます。医療崩壊が続く国の雑誌BMJで積極的に取り上げられていることは、患者さんとのコミュニケーションが困難化している ことの裏返しかもしれませんね。