Saturday, October 27, 2007

方劑歌訣

 本日、職場でツムラのMRの方に漢方薬の講義をして頂いた際お伺いしたのだが、入社一ヶ月で自社製剤128方剤のナンバーと製剤名を暗記させられるそうだ。当然と言えば、当然のことかもしれないが、同じことをしろと言われれば、干乾びてきた脳は発火してしまいそうだ。中国人などは、方劑歌訣といって、漢詩で覚えたりするようです。これを中国音で覚えれば、漢詩や中国語の勉強にもなりそうです。例えば、Globus hystericusに使われる16番のツムラ半夏厚朴湯は、
半夏厚朴薑蘇苓,開郁化痰梅核靈。
という具合で、ピンインを「書虫」で調べると、
bàn xià hòu piáo jiāng sū líng、kāi yù huà tán méi hé líng
とちゃんと韻を踏んでいます。
 それ以上に、女性に多い喉の詰まり感の症状をのヒステリー球と称する西洋医学に比べ、東洋医学の梅核気という表現は、詩的で、なおpolitically correctですね。日本でさえ、「痴呆症」を「認知症」と言い替えたのだから、Adam's appleに準えてEve's pearとでも言い替えたら、どうでしょう。

Wednesday, October 24, 2007

シミの治療

 待ち合わせの時間、紀伊國屋書店で葛西形成外科の院長先生が執筆された「シミの治療」という本を立ち読みしました。シミと一言でいっても、
  1. ADM
  2. SK
  3. 雀卵斑
  4. 肝斑
  5. PIH
と様々な鑑別疾患があること、トラネキサム酸(tranexamic acid)内服が効果があることなどを知りました。第一三共(4568)の「トランシーノ」は、そのことを活かしたOTC薬ということなのですね。
 女性が美しいことは、家庭の幸福にもつながります。

Friday, October 19, 2007

ubuntu 7.10

 システム→システム管理→アップデート・マネージャから簡単にアップデートできました。所要時間2時間弱。その間、大曲貴夫先生のホントのところがよくわかる感染症診療のベーシック・アプローチを読了しました。同じ内容の他書も読んではいるのですが、なかなか実践に結び付かないのが正直なところです。人間の行動は、パソコンのように簡単にバージョンアップとは行かないですね…それでも、自分の怠惰と患者さんや製薬会社の誘惑とのなかで、家庭医として、感染症診療、アレルギー診療、外傷診療についてスタンダードな治療の落としどころを考え続けていきたいと思ってはいます。

Friday, October 12, 2007

女性の良性疾患

 鉄欠乏性貧血、橋本病、ヒステリー球、亜急性壊死性リンパ節炎などなど、最後のものは、1972年に福岡大学・病理学教室の菊池昌弘教授によって発見され、同年別個に藤本吉秀氏らによって報告されたことに因んでKikuchi-Fujimoto病と呼ばれることもあるようだ。家庭医にとってめずらしい良性疾患の知識は重要である。それらをきちんと診断し治療することが、口コミになりますから。特に女性の場合は。
 そんな疾患のネタ集めには、"Orphanet Journal of Rare Diseases"のフィードを購読しておくとよいかもしれません。

1001年後の矛盾

 この休暇にあったこと。7年ぶりに歯が痛くなり歯医者に行った。11年ぶりに駐車違反で罰金をとられた。13年ぶりに登別温泉へ出掛けた。このペースでこれらのことが今後も起こるとすると、次に同じ年にこの3つのことが起こるのは1001年後。

 昨日、Au抗原がHBV抗原であることの発見者の一人、大河内一雄先生が亡くなられた。御冥福をお祈り申し上げます。訃報で
旧厚生省エイズ研究班の委員として83年の同研究班第1回会議では、血友病患者に投与する血液製剤を非加熱製剤からクリオ製剤に転換するよう主張。非加熱製剤の継続を強く主張した安部英・同研究班長(元帝京大副学長、故人)と激論を交わした。96年、参議院に参考人招致され、安部氏の対応や旧厚生省の失策を批判した。野口英世賞を受賞。
という業績を知った次第です。

 岩田健太郎先生の最近の著書に、AIDS問題で、CDCやFDAの勧告にもかかわらず、本家の合衆国でさえ日本以上の犠牲者を生んでいる事実が指摘されておりましたが、彼我を比べ、卑下することなく、尊大になることなく、本分を全うすることの大切さを死して教えてくれた先生の偉大さも、1001年後にはおそらく忘れ去られてしまい、いろいろな勘違いや嘘で塗り固められた神話がその頃も語り継がれるであろう矛盾。と語る私が真実だと信じていることの、果してどれだけが真実であることなのやら。

 歴史学が明らかにしなければならないのは真実なのに、人は、歴史に教訓を期待してしまう。それが、歴史の捏造の始まりなのだろう。何か、医学と医療の矛盾に共通する部分があるように思える。

Sunday, October 7, 2007

マグダラのマリアの福音書

 「マグダラのマリアの福音書」を立ち読みした。ペトロ達の男性優位主義だとか、姑のマリアとの確執だとか、歴史の闇に隠されてきた理由は定かではないが、現代的で微笑ましい。その微笑ましさが、過去2000年に渡り、ジェノサイドや戦争や、そんなことの口実になってきたのだから、戦慄も覚える。その福音書の内容で興味をもったのが、魂が闇、欲望、無知、嫉妬、肉欲、愚かさ、怒りという敵を打ち破って、上の霊界へと上っていくとしていることです。まさに、仏教の「貪・瞋・痴・慢・疑・悪見」という六大煩悩ですね。ある意味、人類は仏教世界においてもキリスト教世界においても、心理学的真理には、とおの昔に達しているが、それを実行する術として、現れた法治主義、民主主義、共産主義、全体主義、いずれもが失敗してきて、それなりに上手くやっているのが資本主義で、その行くつく先が見えて来ない時代が現代なのでしょう。個人的には「情報公開主義」だと考えていますが…
 60億の人間からなる世界から六大疾患を無くせない人類が、60兆の細胞からなる世界から高血圧、高脂血症、糖尿病、悪性疾患、感染症、精神疾患という疾患をコントロールしつつあるという矛盾を抱えた現代に、人々は喜怒哀楽しながら生きている。

Friday, October 5, 2007

占い

 昨日、朝のテレビの星座占いは最悪であった。救いのラッキーアイテムが栗御飯で、仕事が終わってから、もう今日の時間は残り少ないというのに、救済を求め、中央分離帯にニセアカシアが植えられ、南国風の雰囲気を湛えた南郷通りを東に向かった。ロイヤルホストの和風膳に栗御飯メニューがないかと思い、足を踏み入れたが、メニューに期待したものはなく、結局、スキヤキ膳になってしまい、目的は成就できず仕舞い。が、帰途ふと立ち寄った本屋で「ピアソラ自身を語る」という本を見つけた。その背表紙には、下の言葉があった。
“Tengo que decir la más absoluta verdad. Yo puedo contar una historia de ángeles, pero no sería la verdadera historia. La mía es de diablos mezclada con ángeles y un poco de mezquindad. Hay que tener algo de todo para seguir adelante en la vida”. Astor Piazzolla (Marzo de 1990)
「真実を語らなければなるまい。天使の話も出来るが、本当の話ではなくなってしまう。私の話は、天使と少し取るに足らないものが混ざった悪魔のものである。人生を前向きに生きるには、全てのことが少しずつ必要なのだ。」アストル・ピアソラ(1990年3月)
 この本の著者に語った言葉なのだが、日付に注目されたい。この年の8月に異郷のパリで彼は意識をなくし、世を去るわけなのだ。非常にスピリチュアルな、遺言ともとれる一言、同時に自分の現況に照らし合わせて、胸に刺さる一言でもある。
 栗御飯は、この言葉に出会うための方便だったのかも。

家庭医とは?

 自問自答、暗中模索、試行錯誤の状態である。以前の投稿を読み直して、簡単にReflectionをしておく。
医学のエバンジェリストというよりは、医学の素養を持ったフィールドワーカー、老いや病いの世界へのツアコンダクターであるべきなのでしょう…

Thursday, October 4, 2007

金総書記の健康状態

 朝鮮日報の記事によると、
당뇨 합병증 동결견 의심 糖尿合併症凍結肩疑心
당뇨 합병증 말초 신경염 의심 糖尿合併症末梢神経炎疑心
とのこと。BMJの凍結肩のレビュー記事にも、糖尿病での発症率は、10〜36%とあります。家庭医として、このように外観、動作からシャーロックホームズの様に健康状態を把握するというスキルに研きをかける必要がありそうです。

Monday, October 1, 2007

三つ子の魂

 諺が言う通りだとすると、胎児の頃から三歳の頃までに無意識に聞いた音楽が、その後の人格形成に影響を与えるということも十分ありえる。例えば、自分の場合は、どうであろう?
 まず、生まれる以前に遡っておく。1959年のニューラテンクォーターの開業とトリオ・ロス・パンチョスの公演から1964年の東京オリンピックの頃まで、日本のポップス界はラテン音楽が一定の地位を占めており、その立役者が、樋口玖という呼び屋である。その辺の経緯は、竹中労のルポ『呼び屋−その生態と興亡』やそれを元に書かれた五木寛之の短篇『梟雄たち』に詳しい。その他にも、アメリカのみならずフランスやイタリアなどの映画の主題曲のカバーもヒット・パレードを賑わせていたらしい。
 その後、ピーター・ポール&マリーの世界的ヒット、ザ・ベンチャーズやビートルズの来日に前後して、フォークやグループ・サウンズが隆盛を迎える。そのあたりが、私の子守歌だったのではないかと思うが、なにせ初めてお小遣いで買ったレコードは、1975年の「およげ!たいやきくん」なのだから、その頃のことは覚えているはずもない。検証しようもないことをいろいろ書いてはみたが、確実なのは、世界を見回すと、時を一にして、銃声を子守歌に育つ赤ん坊とテレビを遠ざけモーツァルトで胎教される赤ん坊がいるという事実。将来、月面旅行が可能になったとき、地球からはどんな音が聞こえているのだろう?