Thursday, November 26, 2009

感謝、漢方、感染症

有難いことに意味を見出す統計学で漢方医療にウイルス感染症に対する効果を実証する、酔ってると、てにをはが無茶苦茶だが、そんなことをライフワークにしてみたい。まずは、漢方処方のネットワーク分析から。

Wednesday, November 18, 2009

旅行医学のガイドライン

IDSAから”The Practice of Travel Medicine: Guidelines by the Infectious Diseases Society of America”[PDF]なるものが出ておりました。41ページにもなるものなので、少々時間がかかるかもしれませんが、年内には眼を通したい。まずその前に、OPATのガイドライン[PDF]を読まなきゃ。

Monday, September 7, 2009

感染性心内膜炎

実は、最近、感染性心内膜炎の見逃しをやった。弁解すれば、熱もなく、ほてり感を主訴に、職場の大変さを滔々と訴える方で、採血検査などのスクリーニングを行いはしたものの、心身症だろうという早期閉鎖が招いた誤診。そこで復習を兼ねて、Emergency Medicine Blogの記事から、Duke Criteriaの語呂合わせを抜き出してまとめておく。
BE FEVEER (*BE - Bacterial Endocarditis)

Major:
  • B = blood culture +ve >2 times 12 hr part
  • E = Endocardial involvement from Echo
Minor:
  • F = Fever >38°C
  • E = Echocardiogram (that doesn't meet a major criterion)
  • V = Vascular findings: pulmonary infarcts, Janeway lesions, conjunctival hemorrhages
  • EE = Evidences from microbiological/immunology (2 evidences)
  • R = Risk factors: drug abuse, valvular diseases
ついでに韓国の家庭医学会誌の記事も読んでおく。

Monday, July 20, 2009

AndroidとFirefoxでEvernote

Evernote Web ClipperというFirefoxからページをクリップするアドオンと携帯端末用のEvernoteのサイトとの連携が便利そうです。

Friday, July 17, 2009

HT-03AでNEJM

 まずは、ブラウザで
  • NEJM Mobile http://handheld.nejm.org/
をブックマーク。Google Readerでは、Podcastをaggregateできても聴けないので、マーケット→アプリケーション→ニュース&天気予報→tPodcast Demoをインストール。デモ版では登録できるフィードが2つに限られているので、デフォルトのフィードを消去して
  • “NEJM This Week” http://podcast.nejm.org/nejm_audio_summaries.xml
  • “NEJM Interviews” http://podcast.nejm.org/nejm_audio_interview.xml
を登録する。
 iPhoneでは単体でこれができないようなので、しみじみAndroidにしてよかったと思います。

Monday, June 29, 2009

交代のきっかけ

 サパテーロってのは、スペイン社会労働党(Partido Socialista Obrero Español、略称:PSOE)の書記長で、政権交代を果たし、首相の座に着いて、二期目になる。誕生日は、1960年8月4日。バラク・オバマと同じで、ちょうど1歳年上というのは面白い符合である。アメリカとの外交が順調ではなかった政権に有利に働くかも。
 政権交代のきっかけは、2004年3月11日木曜日の朝のマドリッドでのテロだった。当時国民党(Partido Popular、略称:PP)のアスナール首相は親米政策をとり、市民の反対の声を押し切ってイラク派兵をしていた。そのタイミングでテロがあり、3日後の選挙への影響を考えたのか、バスク地方の分離独立を目指す民族組織ETA(バスク語で「バスク祖国と自由」を意味する言葉 Euskadi Ta Askatasuna の略)の犯行と決めつけ、発表した。その後アルカイダ系のテログループが犯行声明を発表し、国民党政権にとって派兵に対する報復、虚偽の発表という二重の意味での逆風となり、政権交代に至るわけである。
 La Oreja de Van Goghというのは、バスク人で構成されたバンド。バンドの顔とも言えるボーカルのアマイア・モンテーロが2007年11月ソロ活動転身のため脱退。パウリーナ・ルビオをボーカルとして迎えるという噂も流れたが、翌年3月レイレ・マルティネスを新ボーカルとして発表した。その時の曲が、先のテロをテーマにした"jueves(木曜日)"という曲である。淡い恋心が、突然、暗転するという沢田知可子の「会いたい」に通ずる楽曲をしっとりと歌い上げて好評をもって迎えられたのである。歌詞の中で、スペインの国民的詩人グスターボ・アドルフォ・ベッケル(1836~1870)のツバメを引き合いに出して悲劇を予兆させるところなどは、日本やアメリカのポップスではあまりないことなので、ラテン人の自分たちの文化を尊重する姿勢には感服する。

もし私が可愛くて、もう少し賢かったら
もし私が目立って、雑誌に載るような娘だったら
車両を横切って、訊く勇気があったかもしれない。
「あなたってどんな人?」って。

あなたは私の向かいに座る
想像もしないでしょう
あなたのために お気に入りのスカートをはいてるってこと
窓に向かってあくびしてるあなたを見ると
悲しくて目が潤んでしまう。

(リフレイン)
突然、あなたは私を見る そして私はあなたを見る
ため息をつくあなた
私は目を閉じ、あなたは目をそらす
私はどうにか呼吸をして、小さくなって
震え始めちゃうの

こうやって毎日、月曜日から金曜日
ベッケルの詩のツバメのように
駅から駅へ ふたり向かい合わせ
行きかう静けさの中で

(リフレイン)

やっと時がやってきた 私の唇が目を覚まし
口ごもりながら あなたの名前を呼ぶ
キモい女の子だって思われたかもしれない
死にたくなっちゃう。

時は止まって、あなたは近づきながら言う
「君のこと、まだ知らないけど、会えないと寂しく感じてた。
毎朝、快速列車をやめて、
この電車を選んでた」

もうすぐ到着
私の人生は変わった
この特別な3月11日
あなたは私の手をとる
列車はトンネルにさしかかり
明かりは消える

つないでた手をたよりにあなたの顔をまさぐった。
勇気をふるって、あなたにキスをする
あなたは「愛してる」と言い、 
私は心からの最後の吐息で返すのよ。
日本人は、もし東京でテロがあったら、次の選挙でどんな選択をするのだろう?


"Jacko's daily cocktail"から推測するマイケル・ジャクソンの死因

 今朝の「特ダネ」でマイケルジャクソンの処方箋が公開されていた。商品名は、日本とアメリカでは異なるので日本での商品名を調べて列記してみたのが、下のリストである。
  1. Demerol:日本では、麻酔薬、検査の前処置薬としてオピスタン注射液など注射で用いられる。ドラマ"ER"の中でもよく出てきますね。オピオイド受容体アゴニストの1つ。
  2. Dilaudid:ヒドロモルフォン。麻薬。
  3. Vicodin:ヒドロコドンとアセトアミノフェンを含む鎮痛剤。ヒドロコドンは麻薬。
  4. Xanax:ソラナックス、コンスタン。ベンゾジアゼピン系のマイナートランキライザー。
  5. Vistaril:アタラックス-P。ピペラジン系の第一世代抗ヒスタミン薬。
  6. Soma:日本では、未発売。中枢性筋弛緩薬で、オピオイドの作用を増強する。
  7. Zoloft:ジェイゾロフト。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、抗鬱薬。
  8. Paxil:パキシル。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、抗鬱薬。
  9. Prilosec:オメプラール。プロトンポンプ阻害薬(PPI)に属する胃酸抑制薬の1つ。
 患者さんを引き継ぐときなど病態の把握には、長々とした経過記録より処方箋1枚のほうが、処方した医師の思考を物語るものである。
 専任医師は循環器が専門だが、血圧の薬を含む循環作動薬はまったく処方されていない。ということは、虚血性心疾患や不整脈などの突然死のリスクはなかったことになる。主治医の推定されるキャリアを考えると、麻薬に関しては、緩和ケアにおける疼痛管理などの経験は無く、前処置ぐらいでの使用経験しか持たなかったのではあるまいか。にも関わらず、複数の麻薬が処方されている。しかも、アセトアミノフェン以外のNSAID、通常の鎮痛薬が処方されておらず、鎮痛以外の目的で使用されていた疑念がある。抗鬱薬も処方されており、気分の変調をコントロールする目的で使用されたのだろう。適応症から削除されたが、リタリンが、かつてうつ病で使われていたのと同じ理屈である。
 Demerolに関しては、1997年発表のアルバム"Blood On The Dance Floor/HIStory In The Mix"の"Morphine"という曲で歌われているので、この頃以前からの常用薬だったのだろう…
 推測を重ねると、Demerolの静注で呼吸停止を来したというのが、尤もありそうな話です。リカバリーできなかったという点では、アンビューバッグとか麻薬拮抗薬ナロキソンとか常備してなかったとすると、日本であれば、責任を免れない状況だなぁ。
 ただ、医師としては、患者の要求に答えて、例えば明らかに風邪の患者さんに抗生剤を処方するなど医学的には正しくない処方をすることはよくあることで、本人が麻薬を強請ったとのだとすると、処方したこと自体には同情の余地はある。でも、最悪の事態を予想して準備しておかなかったことは、プロとして恥ずべきだろう。

 今日の教訓
6P: Proper prior preparedness prevents poor performance.

Sunday, June 28, 2009

生きる意味

 例えば、未だそういう機会はないが、我が子に生きる意味を問われたらどうしようと考えてみる。きっと、生きる意味などはない、自分を越えた存在に生かされているのだと答えるだろう。"Human nature abhors insignificance"(人間の性は意味のないことを嫌う)が、自然は人間がいなくとも成立するし、そこには意味がない。言葉を持つ人間だけが、無意味な世界に意味を探してしまうんだ、と。でも子供がそんな話を理解するのは、いくつになったときなのだろうか?
 自分を思い返すと、中学生の終わりか高校生の初め頃、「神様は死んだ」と言うことをニーチェを知らずに再発見して、彼のことを知り、ニヒリズムに傾倒した思い出がある。しかし、背負うものがないときのニヒリズムとしがらみにがんじがらめになってからのニヒリズムは意味合いが違う。自暴自棄と諦念の違いとでも言おうか…
 おそらく、これからもその意味合いは変化していくだろうし、最終的に自分の死に直面したとき、自分が自分の人生を振り返ってどう考えるかが、最終的な結論で、考えても無駄だと考えるか、考え続けるか、二つの戦略があるってことは、伝えておきたいような気がしている。

Tuesday, June 23, 2009

巨悪とは?

 函館からの帰りは、普段読みもしない道民雑誌「クォリティ」を手にした。そのなかの記事に「北海道警察の冷たい夏」で有名な曽我部司さんの連載記事があった。北海道で問題になっている聴覚障害偽装事件と「じん肺問題」を絡めて、フロント企業の関与を予想するという、現場の近くにいたものとしては荒唐無稽な記事であった。聴覚障害は、患者さんの自覚症状をもってなされる。一方、じん肺は、「じん肺法」という法律があり、医師の利益相反(Conflict of Interest)を避けるためじん肺審査会があり、今で言うガイドラインの走りか、「じん肺診査ハンドブック」なるものがあり、医師がよっぽどの悪意をもってデータを捏造しない限り、虚偽の診断書は作成されないシステムになっている。罪があるとすれば、そのシステム自体をいろいろフィードバックがあったにもかかわらず、変えようとしなかった国会、担当行政の不作為の罪である。変わらないということは、変わることなのだ。時代が変われば、当然、医学的な知見も変われば、世間がじん肺患者に向ける視線も変わる、そして何より患者自身が変わる。そのなかでシステムだけが変わらない。相対的にみると、システムだけが時代に取り残されてしまっている、つまり変わってしまっているのだ。そんなことで発生する問題を疑惑とかして、「フロント企業」のせいだとか、「ユダヤ人」のせいだとか言われても、現場の人間からすれば、失礼とは思いつつも、荒唐無稽と書かざるを得なかった。だからと言って、官僚やジャーナリズムの怠慢だとか声を荒げるつもりは毛頭ない。それ以上の巨悪が存在するかもしれないし、存在しないとしたら、東京一ヶ所でこの国を統治するのが無理だっていうことの証左なのである。
 札幌に着いて、東国原知事の発言を知った。知事が自民党から出馬することがあれば、選挙権を持って初めて、自民党に投票することになるかもしれない。

 私が巨悪と書いて頭に思い描いたのは、下記の本のこと。まぁ、これもブッシュ(息子)がやったことに比べればかわいいのだけれどね。


 

Wednesday, June 10, 2009

数理と独立、「不透明な時代を見抜く統計思考力」

 月に数回函館でも働くことになり、JRでの移動時間のお供は、iPod shuffleと文庫本。今回は、朝の占いで「自叙伝」が吉ということだったので、記者に乗り込む前に「福翁自伝」を買った。「緒方の塾風」の「裸体の奇談失策」のくだりでは、草彅剛氏の一件を思いだし、何か息苦しい世の中になってきたもんだと感じ入った。

 閑話休題。福沢さんは、自伝の中でも「数理と独立」を強調しておられ、これは当時まだ学問自体が発展途上で、日本語の訳語が定まってもいなかった統計学のことを指していたのではあるまいか。生データをきちんと分析して、マスコミやお上に騙されるなってことを言いたかったんではないか。そう思って、帰りの汽車には、キオスクで求めた小飼弾氏激賛の下記の本を持ち込んだ。



 「嘘には三つある。嘘、真っ赤な嘘、そして統計だ(There are three kinds of lies: lies, damned lies, and statistics.)」って言ったのは、マーク・トウェインだったか。そんな嘘を見破るためのコツが満載。汽車の中で斜め読みしただけだが、ぜひRなどの統計ソフトを使いながらデータ分析をなぞりながら再読したい。

 蛇足ながら、福沢諭吉先生は、漢学を無用の長物と一蹴しておられるが、漢語は歴史的に東アジアのラテン語であり、何も四書五経を暗唱するほどではなくとも、自国の文学や法律を嗜む程度の漢学は常識として必須でしょう。あと、マニアックかもしれんが、タッチタイプと統計思考力、これら3点セットは、現代の読み書きそろばんと言ってもいいでしょう。

Monday, June 8, 2009

キューバ共和国憲法第50条と日本国憲法第25条と…

 "Gapminder"でキューバの平均寿命の推移をみてみると、アメリカの10~20分の1の経済水準で同等の成果をあげていることが一目瞭然。

これも憲法をお飾りとしてではなく、国のビジョンとして着実に諸政策を実行してきた歴史の賜物なんでしょうね…
第50条ーすべての国民は以下の手段を通じ健康を管理し、まもる権利を有する。
・僻地医療サービス、ポリクリニコ、病院、予防センター、専門治療のネットワークを介した医療サービスと無料医療によって。
・無料歯科サービスによって
・衛生の普及、健康教育、定期的検診、一般ワクチンおよび他の疾患予防手段の分野の開発によって。これらの分野、活動において官民の組織を通じ全住民が協力する。
 翻って、日本国憲法とその日本の歴史のギャップをみると、言行不一致という個人から国政に至るまで蔓延する病がいかに重いか、思い知らされます。

Wednesday, June 3, 2009

都道府県コード

 各都道府県に概ね北から南へ、01から47までの数字が割り振られている。このコードは、ISOの地域コードISO 3166-2にもそのまま使われている (ISO 3166-2:JP)。
01:北海道 02:青森県 03:岩手県 04:宮城県 05:秋田県 06:山形県 07:福島県
08:茨城県 09:栃木県 10:群馬県 11:埼玉県 12:千葉県 13:東京都 14:神奈川県
15:新潟県 16:富山県 17:石川県 18:福井県 19:山梨県 20:長野県 21:岐阜県 22:静岡県 23:愛知県
24:三重県 25:滋賀県 26:京都府 27:大阪府 28:兵庫県 29:奈良県 30:和歌山県
31:鳥取県 32:島根県 33:岡山県 34:広島県 35:山口県 36:徳島県 37:香川県 38:愛媛県 39:高知県
40:福岡県 41:佐賀県 42:長崎県 43:熊本県 44:大分県 45:宮崎県 46:鹿児島県 47:沖縄県

Friday, February 27, 2009

¡Adios, Che!


Carta de despedida a Fidel Castro
[marzo 1965] Habana «Año de la agricultura»
Fidel:

Me recuerdo en esta hora de muchas cosas, de cuando te conocí en casa de María Antonia, de cuando me propusiste venir, de toda la tensión de los preparativos. Un día pasaron preguntando a quién se debía avisar en caso de muerte y la posibilidad real del hecho nos golpeó a todos. Después supimos que era cierto, que en una revolución se triunfa o se muere (si es verdadera). Muchos compañeros quedaron a lo largo del camino hacia la victoria.
Hoy todo tiene un tono menos dramático porque somos más maduros, pero el hecho se repite. Siento que he cumplido la parte de mi deber que me ataba a la Revolución Cubana en su territorio y me despido de ti, de los compañeros, de tu pueblo que ya es mío.
Hago formal renuncia de mis cargos en la dirección del Partido, de mi puesto de Ministro, de mi grado de Comandante, de mi condición de Cubano. Nada legal me ata a Cuba, sólo lazos de otra clase que no se pueden romper como los nombramientos.
Haciendo un recuerdo de mi vida pasada creo haber trabajado con suficiente honradez y dedicación para consolidar el triunfo revolucionario. Mi única falta de alguna gravedad es no haber confiado más en tí desde los primeros momentos de la Sierra Maestra y no haber comprendido con suficiente claridad tus cualidades de conductor y de revolucionario. He vivido días magníficos y sentí a tu lado el orgullo de pertenecer a nuestro pueblo en los días luminosos y tristes de la crisis del Caribe. Pocas veces brilló más alto un estadista que en esos días, me enorgullezco también de haberte seguido sin vacilaciones, identificado con tu manera de pensar y de ver y apreciar los peligros y los principios.
Otras tierras del mundo reclaman el concurso de mis modestos esfuerzos. Yo puedo hacer lo que te está negado por tu responsabilidad al frente de Cuba y llegó la hora de separarnos.
Sépase que lo hago con una mezcla de alegría y de dolor, aquí dejo lo más puro de mis esperanzas de constructor y lo más querido entre mis seres queridos... y dejo un pueblo que me admitió como un hijo; eso lacera una parte de mi espíritu. En los nuevos campos de batalla llevaré la fe que me inculcaste, el espíritu revolucionario de mi pueblo, la sensación de cumplir con el más sagrado de los deberes: luchar contra el imperialismo donde quiera que esté, esto reconforta y cura con creces cualquier desgarradura.
Digo una vez más que libero a Cuba de cualquier responsabilidad, salvo la que emane de su ejemplo. Que si me llega la hora definitiva bajo otros cielos, mi último pensamiento será para este pueblo y especialmente para tí. Que te doy las gracias por tus enseñanzas y tu ejemplo al que trataré de ser fiel hasta las últimas consecuencias de mis actos. Que he estado identificado siempre con la política exterior de nuestra Revolución y lo sigo estando. Que en dondequiera que me pare sentiré la responsabilidad de ser revolucionario Cubano, y como tal actuaré. Que no dejo a mis hijos y mi mujer nada material y no me apena: me alegra que así sea. Que no pido nada para ellos pues el Estado les dará lo suficiente para vivir y educarse.
Tendría muchas cosas que decirte a ti y a nuestro pueblo, pero siento que son innecesarias, las palabras no pueden expresar lo que yo quisiera, y no vale la pena emborronar cuartillas.
Hasta la victoria siempre. ¡Patria o Muerte!
Te abraza con todo fervor revolucionario

Che

Sunday, January 25, 2009

1964年国連総会で演説するチェ


No hay enemigo pequeño ni fuerza desdeñable, porque ya no hay pueblos aislados. Como establece la Segunda Declaración de La Habana: «Ningún pueblo de América Latina es débil, porque forma parte de una familia de doscientos millones de hermanos que padecen las mismas miserias, albergan los mismos sentimientos, tienen el mismo enemigo, sueñan todos un mismo mejor destino y cuentan con la solidaridad de todos los hombres y mujeres honrados del mundo.

Esta epopeya que tenemos delante la van a escribir las masas hambrientas de indios, de campesinos sin tierra, de obreros explotados; la van a escribir las masas progresistas, los intelectuales honestos y brillantes que tanto abundan en nuestras sufridas tierras de América Latina. Lucha en masas y de ideas, epopeya que llevarán adelante nuestros pueblos maltratados y despreciados por el imperialismo, nuestros pueblos desconocidos hasta hoy, que ya empiezan a quitarle el sueño. Nos consideraban rebaño impotente y sumiso y ya se empieza a asustar de ese rebaño, rebaño gigante de doscientos millones de latinoamericanos en los que advierte ya sus sepultureros el capital monopolista yanqui.

La hora de su reivindicación, la hora que ella misma se ha elegido, la vienen señalando con precisión también de un extremo a otro del Continente. Ahora esta masa anónima, esta América de color, sombría, taciturna, que canta en todo el Continente con una misma tristeza y desengaño, ahora esta masa es la que empieza a entrar definitivamente en su propia historia, la empieza a escribir con su sangre, la empieza a sufrir y a morir, porque ahora los campos y las montañas de América, por las faldas de sus sierras, por sus llanuras y sus selvas, entre la soledad o el tráfico de las ciudades, en las costas de los grandes océanos y ríos, se empieza a estremecer este mundo lleno de corazones con los puños calientes de deseos de morir por lo suyo, de conquistar sus derechos casi quinientos años burlados por unos y por otros. Ahora sí la historia tendrá que contar con los pobres de América, con los explotados y vilipendiados, que han decidido empezar a escribir ellos mismos, para siempre, su historia. Ya se los ve por los caminos un día y otro, a pie, en marchas sin término de cientos de kilómetros, para llegar hasta los «olimpos» gobernantes a recabar sus derechos. Ya se les ve, armados de piedras, de palos, de machetes, en un lado y otro, cada día, ocupando las tierras, afincando sus garfios en las tierras que les pertenecen y defendiéndolas con sus vidas; se les ve, llevando sus cartelones, sus banderas, sus consignas; haciéndolas correr en el viento, por entre las montañas o a lo largo de los llanos. Y esa ola de estremecido rencor, de justicia reclamada, de derecho pisoteado, que se empieza a levantar por entre las tierras de Latinoamérica, esa ola ya no parará más. Esa ola irá creciendo cada día que pase. Porque esa ola la forman los más, los mayoritarios en todos los aspectos, los que acumulan con su trabajo las riquezas, crean los valores, hacen andar las ruedas de la historia y que ahora despiertan del largo sueño embrutecedor a que los sometieron.

Thursday, January 22, 2009

エロビ

英語のヒアリングをしていたら、"it'll be"がエロビに聴こえてしまう…

Saturday, January 17, 2009

Pajek

 社会ネットワーク分析ソフトの解説書のESNAP、安田雪先生の翻訳が出たら買うつもりでしたが、しびれを切らして原著を買ってしまいました。アメリカの不景気にちょっと貢献。



 ソフトの名称は、スロベニア語で「蜘蛛」という意味だそうだが、オープンソースが普及するにつれ、ソフトやプロジェクトの名称が多言語化してきた気がする。"Chumby"ライクな"Nabaztag"なんて、アルメニア語だって。

Wednesday, January 14, 2009

感染症診療の講演会

 北大で静岡がんセンター感染症科部長の大曲貴夫先生の講演会があった。そのなかで、最近の日本における感染症の問題点と進歩を挙げられていた。貶してもち上げるというコンサルテーションのテクニックを垣間見た。見習わなければ…

問題点
  • 抗生剤の添付文書、認可
  • ワクチン開発の先進性と普及の後進性
  • パンデミックフルーへの準備

進歩
  • 専門家の育成と連携:ICDIDATENFETP-J
  • 法的整備:感染症新法、医療法

関係ないけど、7月には北大前に油そばで有名な米風亭が出きるらしい。

Saturday, January 10, 2009

初笑い

http://news4vip.livedoor.biz/archives/51245118.html

Thursday, January 8, 2009

文明の接触

 文明は、衝突するしかないのかな?星空には、アラビア語とギリシア語とラテン語が共存してるというのに。地上でもプトレマイオスが生きた時代は、それなりにやっていたと思うのだが。それにしても、インターネットが普及し始めたころ、幼児殺しの画像とかネット上に出回ってたけど、イスラエルのIDF Spokesperson's Unitは、それとどこが違うんだろう?ジェノサイドを身をもって経験した人達が、同じことを他民族に行う神経は理解しがたい。

 日経新聞を久しぶりに読んだら、ブレーメン大学でジェノサイド研究所を主宰する社会学者グナル・ハインゾーン教授のユースバルジ理論が紹介されていた。戦闘員に適した若者の人口が増えることで、仕事に溢れたものがテロやら犯罪やら戦争に向かい、社会治安が不安定になるとか。バルジ(bulge)という単語、英辞郎で引くと、「余分なお肉」とか、「男性の股間のもっこり」とかいう意味もあって、「溢れ者の若気の至り」という隠れた意味を意図したのかどうか。ちなみにドイツ語では、"Jugendüberschuss"と表現するらしい。

 意外と世の中、隠れた数でコントロールされているのではないかと、ピュタゴラス風に考えてみたくなる。

Tuesday, January 6, 2009

「文明の衝突」二番煎じ

イラク侵攻の理論的支柱ともなった「文明の衝突」、読んでもいないのだが、文明の類型化という点で頷ける部分もある。全く個人的見解では、下記のような類型化を考えている。
  • 古代ローマ帝国文化圏(ラテン語、カトリック・プロテスタント):アメリカ合衆国、EUなど
  • 中世ローマ帝国文化圏(ギリシア語、ギリシア正教会):ロシアなど
  • イスラム圏(アラビア語、イスラム教);中近東、中央アジア、北アフリカなど
  • インド文明圏(サンスクリット、仏教):インド、東南アジアなど
  • 中国文明(中国語、儒教):中国、台湾、朝鮮半島、ベトナムなど
 上のリストを眺めていると、広く使用されている言語と宗教規範としての聖典、その言語で展開される学問全般とテクノロジーの栄枯盛衰が「歴史」とも思えるのである。そういう意味では、人類が滅亡するまで、共通言語、無宗教あるいは普遍科学という共通宗教というインフラが整わぬ限り、歴史の終焉はありえぬように考えるのだが。

Friday, January 2, 2009

英語に対する劣等感

 英語しか話さない人ってのは、フランス語に対してちょっとした劣等感を持っているらしい。それを利用して会話にフランス語を入れてやるといい。例えば、I always ask myself ”Que sais-je?" Warren Buffet says "Risk comes from not knowing what you're doing."ってね。 相手が理解したようだったら、”Que sais-je?" means Savior in Korean.と、マイナー言語の知識をひけらかしてやればいい。救世主って韓国語では、クセジュと発音するらしいよ。