Friday, April 23, 2010

【書評】森鷗外の『知恵袋』

先日出席した学会で森鷗外の曾孫にあたる先生の講演があり、今さら感から遠ざけていた鴎外を手にとった次第。長編小説も辛いので、リハビリのつもりで箴言集を選んだ。緒言によると、「知恵袋」、「心頭語」、「慧語」という三種の箴言集を集めたものなのだが、鴎外のオリジナルではなく、元ネタは、前二集が、ドイツの夭逝の作家アドルフ・フライヘル・フォン・クニッゲ(1752- 1796年)の『交際術』、あと一つはスペインの司祭バルタサル・グラシアン(1601年 - 1658年)の『処世神託』を哲学者ショーペンハウアーがドイツ語に訳したものの重訳だそうだ。後者に、耳からの情報に対する注意の項目がある。欧米語から「情報」という言葉を造った鴎外の頭には、こんなことが去来していたのかと想像できておもしろい。その一文をWikisourceから引いたオリジナルの文と併せて引用してみる。
凡そ一一の聞くところは、介致者情意の滓を帯び来る。
siempre trae algo de mixta, de los afectos por donde pasa
愕然とする。たかだか百二三十年前の日本語より、趣味程度に齧るスペイン語オリジナルの文の方が解り易い。ルネサンスの終わりのセルバンテスとほぼ同時代を生きた司祭のスペイン語は、ほぼ現代スペイン語と同じなのである。翻ってわが国の言葉の変遷の速さときたら、長寿、晩婚化のあおりも受けて、おばあちゃんとの間にコミュニケーションの断絶が起こりそうな勢いである。そんなこともあって、編者の小堀桂一郎氏による口語も収められているので安心して手に取ってみて欲しい。この本が厚いのは、鴎外の原文とその口語訳と詳しい解説の為なので気遅れせずに口語訳の部分だけでも読んでみると幸せになれる。ドイツ留学のおり、東京帝国大学地質学教室の初代教授ナウマン教授に論争を挑み、オペラを嗜み、ドイツ女性をものにし、帰国すれば軍医のエリートで、漱石と並ぶ文壇の重鎮、そんな鴎外が、交際とか処世とか、そんなことに悩んで先人の本を紐解いていたと考えると微笑ましくもあり、南北欧州の処世術のつまった一冊であるのだから。

Wednesday, April 14, 2010

【書評】恋愛指南

タイトルは、「恋愛指南」とあるが、真心の愛ではなく、下心の恋の技法を詠んだ作品。イエスキリストが生まれた年をまたいで著された作品だが、そのことに関してはまったく時代性を感じさせない。作者がローマ三大詩人で「変身物語」を物したオヴィディウスであるから、当然、ギリシア神話の神々が多く登場する。神話辞典などを片手に読むのもいいが、そこは例証の部分なので、芸能人などに置き換えながら読んでいくと楽しめる。
タイトルの"Ars"という単語自体が、キケロの著作に頻出する弁論術"ars dicendi"の真似であり、最初の方に出てくる「されば愛神も私の意に従うのだ。」"Et mihi cedet Amor." I 21は、明らかにウェルギリウス『牧歌』第10歌69の名文句、「愛神は万物を支配する、されば、我々も愛の神に従おう。」"Omnia vincit Amor et nos cedamus Amori."を意識したものだ。恋愛に関して綺麗事を並べる作品や現代でいうビジネス本の類に対する二重の意味でのパロディなのだ。だから瞳孔を開いて読む本ではなく、ちょっとした女性蔑視や作者のアラサー以上の女性が好きとかこんなエッチが好きなんていう告白を含めて、笑い飛ばす本なのである。
表紙は、酒の神ディオニューソスの男性信奉者マイナデスが女性信奉者サテュロスに言い寄っているところを描いた壁画だそうだが、本書にはお酒にまつわる教訓が散見される。
  • 夜と深酒は容姿の判断を狂わせる。Iudicio formae noxque merumque nocent. I 246
  • 君に確かな飲酒の節度というものを教えて進ぜよう。心も足も己れの勤めを果たせるようにしておくことだ。Certa tibi a nobis dabitur mensura bibendi: Officium praestent mensque pedesque suum. I 589
ラテン語は、弁論術や解剖学だけの為の言葉ではないということを再認識させてくれた一冊である。

Sunday, April 11, 2010

温故知新

新型インフル、漢方が予防効果? 帝京大准教授が発表へ」via asahi.com
 昨秋、東京にある病院の職員358人(平均41歳)の協力を得た。半数の人に補中益気湯を4~8週間毎日飲んでもらい、残り半数は飲まなかった。8週間後までに、飲まなかった人で7人が新型インフルと診断された。飲んだ人では1人だけだった。
χ2検定でもp=0.0738、powerも0.574と明らかに不足。そんな報告に、こんなセンセーショナルなタイトルをつけて報道するのは隠された意図を想像してしまう。一時逆風の吹いた漢方薬に対する応援歌なんでしょうか?補中益気湯(ツムラ41番)の効果に対しては、支持するマウスの研究1がある一方、否定的な報告2もあり、現在のところコントラバーシャル。記者さんには、天声人語でよく使われそうな四字熟語を贈りたい。

文献
1) Kiyohara H.Stimulating effect of Japanese herbal (kampo) medicine, hochuekkito on upper respiratory mucosal immune system.Evid Based Complement Alternat Med. 2006 Dec;3(4):459-67. [PDF]
2) 山口 英明.補中益気湯エキスの抗インフルエンザワクチン抗体産生効果に関する検討.第56回日本東洋医学会学術総会[CiNii]

Thursday, April 1, 2010

小児重症感染症のRed FlagsとしてのCRP

1,939もの文献を検討し、最終的に30文献を対象にしたメタ分析の結果、小児における重症感染症のred flagsとして挙げられたのは、下の2CR3Pの6項目。
  • Clinician instinct:陽性LR 23·50, 95 % CI 16·80—32·70、陰性LR 0·38 (0·24–0·60)
  • Cyanosis:陽性LR 2·66~52·20、陰性LR 0.87~0.93
  • Rapid breathing:陽性LR 1·26~9·78、陰性LR 0.37~0.80
  • Petechial rash:陽性LR 6·18~83·70、陰性LR 0.19~0.97
  • Parental concern:陽性LR 14·40, 95% CI 9·30—22·10、陰性LR 0·55 (0·39–0·78)
  • Poor peripheral perfusion:陽性LR 2·39~38·80、陰性LR 0.04~0.92
ということなのだそうだが…いかにも当たり前の結論で、しかもParent concernとかClinical instinctとか、かなり曖昧な因子が入っている。元になる文献のせいだから仕方がないが、何が心配なのかとか、どの所見に対する勘なのかとかをもっと具体的にしないと、高熱の子供はみんな病院送りってことになってしまう。むしろ、あまり重視されていないが、
  • 診察上所見なし:陽性LR 4·42 (2·87–6·80)、陰性LR 0·18 (0·71–0·44)*
の結果ほうが、個人的には、役立つような気がするが、*は、何かの間違いじゃないかな?

【参照文献】