Wednesday, February 23, 2011

【書評】臨床医のためのパブリックヘルス

 表紙に描かれているように、我々臨床医は何気にワクチン接種、地域疫学情報の収集、地域での健康相談会などの公衆衛生の実践をしてきた。その背景や思想を知るに適した一冊。
 そのタイトルに「パブリックヘルス」という語を用いていることから、著者らの従来の公衆衛生からの訣別という並々ならない意気込みが伺える。実際、ヘルスリスクマネジメントから健康の社会的決定要因(SDH)まで、さながらパブリックヘルスのショーウィンドウであり、その分野の広さを垣間見せてくれる一方、敢えて疫学、精神保健、障害者、高齢者といった伝統的分野は潔く割愛されている。各章の幕間のコラムも逸品で、疫学データや法律に関して簡潔なまとめを呈示してくれている。内容も深入りしすぎず、入門者に優しいのも嬉しい。それでいて深入りするためのネット上のリソースや図書の紹介、さらにはキャリア形成に関して一章を割いて解説してくれている。
 ちょっと中身の紹介をすると、行動変容のコツの一つとして、次の動画が紹介されている。こんなところが、ネット世代には堪らないところですね。


 

Monday, February 21, 2011

【書評】プレゼンテーションzen

 積んどいた本が崩れて、目に止まったのがこの表紙。そのタイトルの"zen"は、鈴木大拙が欧米に紹介した「禅」である。実際、本書には鈴木大拙の引用が多くある。日本人の私が不案内な禅の世界をプレゼンテーションを通じて教えてくれた一冊。
 根本は、1つ、聴く人の立場に立つこと。そのために必要なことは2つ、コンテンツとデザイン。具体的には、何を伝えたいか?その理由は?効果的に記憶に張り付かせるための視覚効果は何か?という3つの問に答えること。
 聴く人たちの立場に立つということは、下手なプレゼンをしないために十分な準備をするということである。聴く人が20人で下手な30分のプレゼンをすると、10時間の損失になるのである。そのためにも、十分な時間をかけて、スライド、メモ、配布資料を別個に準備するということが必要なのだということが、私の得た教訓。もっと早くに出会うべき本であった。自分の時間を節約するためにスライド、メモ、配布資料を渾然一体としたスライドを作っていた自分をしきりに反省。
 巻末で、「高橋メソッド」も紹介されている。それをきっかけに、日本が誇る「もんたメソッド」は、Keynoteでないと簡単には作れないらしいというトリビアを知ったことも収穫だった。
 

Wednesday, February 9, 2011

【書評】十蘭万華鏡

 函館出張の帰途、棒二森屋内の書店で出会った一冊。表紙に惹かれて手にとった。奇才の銅版画家、北川健次のオブジェ「支那服を着たアリスの肖像」なのである。それからタイトルに目を滑らせると、なんと敬愛する函館生まれの作家、久生十蘭の作品ではないか。さらにページを繰ると、巻末にある「久生十蘭のこと」という文章は、あの澁澤龍彦が寄せたものなのである。これだけ充実した文庫が、札幌の高いラーメン一杯以下の値段というのは、絶対に買いである。あるだけ大人買いしたかったくらいだが、手にとった一冊が最後だったので、棚に戻すことなくレジに直行した。
 帰りの3時間少しの汽車の中で、1ダースの十蘭の世界を楽しんだが、個々の作品には立ち入らず、全体に通底するテーマについて語りたい。十蘭の短編が、「祈 (百年文庫)」という短篇集に収められている。その「いのり」という日本語本来の母音調和に反した語は、「斎(い)み宣(の)る」、つまり災いを避けるため神に唱えるという意味の複合語が転じたものらしい。十蘭が生きた時代は、日露戦争の二年前から敗戦の十年後まで、まさに日本の坂の上の雲の向こうの災いの時代であるのだ。にも関わらず、そんな時代に生きてみたいと思わせる時代描写、主人公に振りかかる災いも関わらず、くすっという笑いを誘う筆運び、まさに災いに対する祈りのアンチテーゼ、Trotzdem lachen(にもかかわらず笑う)というユーモアに溢れているのである。
 行く先の暗い日本に住むみなにラーメン一杯を我慢して読んで欲しい本なのである。