Wednesday, June 29, 2011

「1秒もムダに生きない」


今回の函館往復は、感染症三昧だった。奇縁で保育士になる方達の医学概論の講義を担当させて頂いているが、今回は「感染症」の講義だった。ウイルスと細菌の違いに力点をおいたつもりだが、どれだけ学生の腑に落ちたのかいささか心配である。彼らにとっては、うんちの半分が細菌の死骸だという話が一番インパクトがあったようである。汽車に乗り込む前に、三省堂で臨床感染症界のアイドル、岩田健太郎先生の「1秒もムダに生きない」を買って読んだ。函館に着いてホテル近くのスナックへ寄り、7,200秒ものムダな時間を過ごした。そこの女の子と何故か、エイズ検査の話になった。彼女が主張するには、「小さな街で検査は出来ない」ということだった。検査したこと自体がすぐに噂になってしまうことが心配ならしい。同郷のGLAYが一時期AIDS検査のCMに出ていたことを思い出した。診療では、皮疹でパルボウイルス感染の診断がよぎった方がいた。週末の日本プライマリ・ケア連合学会でパルボウイルス感染のまとめがあったはず。帰途、棒二森屋の書店で買ったのが、「感染症疫学」の訳者山本太郎先生の著書「感染症と文明」であったが、汽車に乗り込んでビール片手に頁を繰ったが、汽車に揺られほろ酔いで読む本ではないことをすぐに悟ったので、MacBookAirを開いて、雑文を認めている次第。

岩田先生の本は、Amazonの画像にはないが、帯のコピーに惹かれたのでした。「なぜ、岩田先生は超多忙でもテンパらないのですか??」自分は職場を変えてテンパることと無縁になったが、却ってそのことが、テンパることへの郷愁を呼び起こして手にとったのです。それにしても、タイトルの「1秒もムダに生きない」なんていう断定口調は、著者らしくないし、中で述べている人生に無駄はないという話と自己矛盾してるじゃないですか。きっと出版社の何らかの思惑のタイトルと下世話な推察をしてます。帯がなかったら、見過ごしてしまうところでした。

内容は、アイドルの先生が私生活を惜しげもなく披露してくれているので、おこがましくも、自分を比較することができるのが、楽しい本でした。

「時間を削る」編では、そもそも自分は時間を大切にしないキャラなんだってことを身に染みて実感させられた。自分は、夜型。To do listは、GmailのTasksを使ってる。PCに関しては、私は職場ではWindows、ノートはMac、自宅ではubuntu。思い入れは必要以上にあるかもしれない。Appleの工業製品デザインのセンスの良さには敬服するし、でも思想的には"humanity to others"を掲げるubuntuに共感してしまう。緊張しいの私には、スライドを使わない講義はちょっと考えられない。きっと教壇に立つセンスがないのだということが分かってきたところ。

「時間を慈しむ」編では、テレビ・新聞のない生活はいっしょ。だけど新聞紙がないと、足の爪を切るときとか、引越しや模様替えの時とか困ることもあるが、致命的ではない。本や音楽、漫画は、私も好きだ。当然ながら、趣味は違う。例えば、村上春樹氏の小説などは、私は読みづらい。きっと英語的な文体のせいではないだろうかと思う。走りながらNEJMのpodcastを聴くようになって1年経つが、一向にヒアリング力が向上しない私側の問題ではあるのだけど。でも、下手の横好きで、語学を食い散らかすのは好きだ。

最終章では、人にとっての時間の有限性とその終焉の予測困難性を議論し、ニヒリズムに陥らないための解決策として、人間関係性と人間の崇高性、Trotzdem(にもかかわらず)による開き直りを提案している。そう言えば、映画「感染列島」では、ルターの言葉とされる"Wenn ich wüsste, dass morgen der jüngste Tag wäre, würde ich heute noch ein Apfelbäumchen pflanzen."(もし明日が最後の日だとしても私は今日もう一本の林檎の木を植えよう)が引かれていましたね。Trotzdem leben(にもかかわらず生きる)の極致の名言だと思います。

Thursday, June 16, 2011

Fight or Flight


危機に直面して反射的にとる行動は、戦うか逃げるかと言われる。実際には、直面した危機の性質にも寄るだろうし、個人の性格や所属する文化の違いにも寄るだろう。今回の東北の災害の後の被災者の行動が国際的に評価が高いそうだが、それは主に欧米や資本主義が根付いた国々からの視線である。アジアやアフリカの文化では、むしろ"ubuntu"(自分は他人がいるから人間でありえるという概念)というアフリカの言葉が示すように、困難に協力して立ち向かうという行動のほうが普通のように思う。実際、スマトラ沖地震でも今回の被災者と同じような協力し合う行動が見られたという。そのような行動を驚異と受け止める文化でさえ「ストックホルム症候群」のようなことがあるわけだし、決して日本人の美徳として自画自賛することでもないように思う。

「戦うか逃げるか」というのを、言い換えて「生存競争に個体として勝利するか、自分が生き残る可能性を減らしてでも周囲と協力するか」と表現すると、あまり詳しくはないが、ゲーム理論では、多くの局面で後者の方が得策であることが科学的に証明されているらしい。それでも欧米型の危機に対する反応と我々のそれが異なるのは、おそらく狭い地域で大規模な戦争を繰り返した欧州と主な危機が天災であったアジアやアフリカの歴史の差によるのではなかろうか?その環境の違いが、闘争者と協力者の人口における構成を変化させてきたのではあるまいか?

決して、どちらが優れていると結論づけるつもりはない。闘争者たちには、市民革命、産業革命を通じて世の中を進歩させてきた功績があるし、一方、協力者たちは、「赤信号をみんなでわたる」リスキーシフト、茹でガエル状態に陥りがちだ。おそらくVサインとピースサインが同じ形であるように、最終的には人類が存続するための方策としては表裏一体のものなのでしょう。そして、条件反射であったものを上手く使い分けるための知恵をこれから見出していくことになるのでしょう。

Monday, June 6, 2011

独、AKWにアッカンベー:"Tango Notturno"

ドイツが2022年までに原発を廃止することを決定したとのニュースがあった。ふと、ドイツ語で「原発」のことを何と言うんだろうという疑問がよぎり、Wikipediaで調べてみると、"Kernkraftwerk(KKW)"、もしくは"Atomkraftwerk(AKW)"というらしい。さらに、どちらのほうがより使われるのか、Google Trendsで調べてみると、圧倒的に"AKW"が優位でした。実際、Welt、Zeit、Frankfurter Allgemeine、Frankfurter Rundschau、Sueddeutsche Zeitung、Berliner Zeitung、WAZの新聞社のサイトでは、"AKW"が使われておりました。そういうことで、今日は、例外的にドイツのコンチネンタル・タンゴをとりあげてみました。
Daß du mein Schicksal bist,
hab' voll Glück ich empfunden,
als in einsamen Stunden
ich vor Freude geweint.
あなたが運命の人であるという
幸せを感じていたの、
ひとりきりの時間、
嬉し泣きしたとき。

Sunday, June 5, 2011

Shakira Isabel Mebarak Ripoll


タンゴとは、少し離れるが、タンゴの投稿で何回か登場し、今日ちょうどクーリエのFacebookページで尊敬するアーチスト、Shakiraの記事があったので、彼女について少し書いておく。詳細は、Wikipediaの記事にもあるのでダブらないエピソードを1つ。
私が彼女の楽曲に出会ったのは、Enrique Iglesiasの"Bailamos"、Ricky Martinの"Livin' la vida loca"、Santanaの"Corazon Espinado"などが流行っていた頃だったので、1999年頃だろう。下の動画の曲"Ojos Asi"をはじめて聴いて気に入り、歌手を調べたら彼女だったわけである。後に同曲がLatin Grammy 2000でPop部門の賞を獲ることになるわけだ。この時は、通常のファンだったのだが、尊敬に至ったのはイラク戦争開戦前夜のアメリカ合衆国縦断から始まるワールドツアーを開始したときである。当時のアメリカはビートルズの"Imagine"が規制されるほどの言論統制下である。しかもその名も「マングースツアー」、戦争の象徴コブラ対愛の象徴マングースというわけですね。そのツアーのイントロにイスラム風味たっぷりのこの曲を使ったのだ。そして、ライブでは、下の言葉がスクリーンに映し出される。
When the power of love overcomes the love of power the world will know peace. Jimi Hendrix
シビレますね。当時、アメリカのアーチストでもまともに反戦を唱えた方は少なかったのではないだろうか。その頃、カナダに住んでいた知人の話によると、カナダでは、絶えず彼女の音楽が流れていたとのこと。しかし、彼女の同国人であるガルシア=マルケスの小説「予告された殺人の記録」のごとく戦争は遂行されてしまうのだが…
911はスペイン語圏の人間にとっては、ニューヨークのテロではない。第一に、サンチアゴに降った雨、チリクーデターのことなのです。レバノン出身の父親を持つ彼女にとって、イラクに雨を降らせたくはなかったのでしょうが、無念です。

下の動画は、上のDVDの冒頭の部分。DVDには、La Cumparsitaをモチーフにした"Objection(Tango)"も入ってます。


Saturday, June 4, 2011

Uno


昨日と同様、Enrique Santos Discepoloの曲。Placido Domingoもタンゴのアルバムを録音しており、その中にもある曲。Julio Iglesiasのタンゴのアルバムにも入っています。Discepoloは、下の引用の一行目を思いつくのに一年間かかったそうです。
Si yo tuviera el corazón...
(¡El mismo que perdí!...)
Si olvidara a la que ayer
lo destrozó y... pudiera amarte..
me abrazaría a tu ilusión
para llorar tu amor...
もし俺に心があったなら…
(無くしてしまったが…)
その心を壊した女を忘れ、お前を愛せたなら…
お前の幻影を抱きしめよう、
お前の愛に泣くために。
話は変わって、Shakira妊娠の噂があるそうだ。知らないうちにアルゼンチンの元大統領デ・ラ・ルアの息子と別れて、FCバルセロナのジェラール・ピケと付き合っていたのですね。

Friday, June 3, 2011

Yira yira

個人的に好きな作詞家、Enrique Santos Discepoloの曲。
Verás que todo el mentira,
verás que nada es amor,
que al mundo nada le importa...
¡Yira!... ¡Yira!...
Aunque te quiebre la vida,
aunque te muerda un dolor,
no esperes nunca una ayuda,
ni una mano, ni un favor.
分かるだろう、すべては嘘、
愛何かありゃしない、
世界に大切なこと何かありゃしない。
回る、回る。
人生に敗れても、
痛みに噛みつかれても、
人を当てにするな、
手助けだろうと、好意だろうと。
中島みゆきの「回る、回る、時代は回る」とかぶりますね。下の動画で歌っているのは、Julio Iglesiasです。Shakiraも"La Cumparsita"をモチーフにした曲を発表していますし、タンゴってのは、ラテン系アーチストにとって放ってはおけないジャンルなんでしょうね。

Thursday, June 2, 2011

Madreselva

映画で使われたタンゴで個人的に記憶に残るのがこの曲。「イル・ポスティーノ」という郵便配達人とチリのノーベル賞受賞詩人パブロ・ネルーダの交流を描いた作品だ。先日読み終えたスペインの哲学者ホセ・アントニオ・マリーナの本の最後に引かれていたのが、パブロ・ネルーダの詩であったことに、奇妙な符号を感じるのでした。
Así aprendí
que hay que fingir
para vivir
decentemente
こうして恙なく生きるには
偽らなけらばならぬと
学んだのだった